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好きなものばかり集まって、幸せになれると聞いたので。

……現在、だいぶ幸せです。

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遷宮には、約1万本もの造営用材が必要となります。20年ごとに1万本以上もの檜をどのように確保してきたのでしょうか?

伊勢神宮は、世田谷区に匹敵する5,500ヘクタールもの広大な敷地を持っています。うち90%以上が山林です。この伊勢神宮の森づくりは、反省の上に進められてきたといいます。かつては、御杣山から遷宮用の木材が切り出されていました。また、江戸時代には現在と同じく年間700-900万人がお参りをしていましたので、門前町に二、三泊する参拝者のための薪をまかなうためにも、山が切り開かれ、木がなくなってきました。

江戸時代には、幕府が木曽の尾張藩の森林を遷宮のための御用林としました。江戸時代の終わりに尾張藩の御用林は、皇室財産となりましたが、第二次世界大戦後、皇室財産だった神宮備林は国有林になりました。伊勢神宮の遷宮用に優先的に木材を購入することができますが、それでも「専用」ではなく、金銭的にもかなりの負担となります。

このように、遷宮のための用材の確保を国に依存できなくなる前に、伊勢神宮では「遷宮用の森林は自分たちで持っているべきだ」という認識が行動につながっていました。今から80年ほど前の大正時代に、内務省の一部分であった神宮司庁が、神宮森林経営計画を立て、植林を始めたのです。当時の名目上の目的は、景観の保持及び五十鈴川の水源地涵養でしたが、山の南面に檜も植え始めました。

この森林経営計画は200年計画でした。200年後には、半永久的に遷宮用材をすべて自分たちの森から供給できる体制づくりをめざしたのです。そのおかげで、次期遷宮時には必要な用材の4分の1を、久々に宮域林からまかなうことができるそうです。20年ごとにその割合は増えていくでしょう。先祖たちが計画をした200年よりも前に、100%まかなえる日が来そうだといいます。

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映画『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』予告編

(Source: oninikike.com)

"謡曲「箙」にも

飛花落葉の無常はまた、常住不滅の栄をなし

とある。世阿弥にとって「美の本質」は「時間において」存続しないことによってその永遠性を現す。もし桜の花に散るということが無く、いつまでも咲き続けたとすれば、その花を愛でるということがあるだろうか。それは、まさに「散る花」であり「存続」に執着しないが故に、「美しい」。「飛花落葉」が無常であり同時に常住不滅であるとは、生は死によってあり、死は生に依ってあること、ゆえに生死一如の現実の生成流転のただ中にこそ「永遠の美」を現成すべし、という教えである。"

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日本仏教の独自性を著者は次のように記している。

・日本語訳のお経を持っていない

日本のお経はみな漢訳のままであること。菩提にしても、菩薩にしても、サンスクリット 語の音写である。言葉の意味がわからずに、ただ感じの音と字面だけに頼ってきた日本人の仏教理解には危うさが伴っている(P97)

・経典を取捨選択している

仏教の膨大な経典の中の一つのお経を選び、その中に記されている修行の中から一つを選んでそれに専念している

・仏教徒としての意識は希薄で、宗派意識のほうが強い

・戒律と僧伽がない

そもそも仏教は、ブッダの教えを記した「経蔵」と、出家者が守らなければならない戒律を集めた「律蔵」、それらの注釈書である「論蔵」から構成されている。しかし、日本の仏教は「経蔵」が取捨選択されているうえに、戒律がない。

戒律を守るため、出家者は僧院での集団生活を営むものだが(僧伽)、守るべき戒律がないので(笑)、集団生活を営む必要もなく、家庭生活を送っているのが、日本の僧侶である。

・一般仏教徒に仏教徒としての自覚がない

キリスト教にしてもイスラム教にしても、日本以外の仏教にしてもそうだけど、「わたしはこれを信仰しよう」という選択があって、その宗教の教えを守るわけなんだけど、日本人の場合、成り行きで(笑)、死ぬ時はお経上げてもらって、戒名もらって、お墓に入るのよねー。

・お墓があるのは仏教国では日本だけ。回忌法要を行うのも日本だけである

「回忌法要は、先祖崇拝という背景から生まれた日本仏教特有のもので、仏教本来のものでない」(P117)

仏教の考え方には科学的な面でも大いに共通する面があるっていうことで、ダライ・ラマ法王が欧米の著名な科学者との対話を繰り返しているっていうような話もあって、

仏教それ自体は21世紀でも通用するぐらい深い思想であるはずなのに、どうも日本仏教はそれについていけてない感じがする。

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~

仏教と日本仏教: serenoな日々 (via yellowblog)

だって仏教には霊魂なんかないもの。神道とか朱子学とか習合してるっしょ。日本仏教というジャンル。

(via charzred)

(via millibar)

(via yajifun)

fuckyeahyokoono:

yourcheri:

Age 39, looking over from my hotel window,Blue dots and red dots skating away in the park.I used to be there twenty years ago,Huffing over a mug hot chocolate drink.

 
Age 39, looking over from my hotel window,Wondering if one should jump off or go to sleep.People tell you up is better than down,But they never tell you which is up and which is down.

 
Age 39, looking over from my hotel window,95 pound bundle but it’s trouble when there’s nowhere to leave.People say stardust and golddust are it,But they never tell you it chokes you just as sawdust do.

 
Age 39, feeling pretty suicidal,The weight gets heavier when you’ve bled thirty years.Show me your blood, John, and I’ll show you mine,They say it’s running even when you’re asleep.

No trace of resentment, no trace of regrets,One blood’s thinner but both look red and fresh.

If I ever die, please go to my daughterAnd tell her that she used to haunt me in my dreams.(that’s saying a lot for a neurotic like me.)


Age 39, looking over from my hotel window,Trying to tackle away with heart of clay.The weight gets lighter when there’s nowhere to turn,God’s little dandruff floating in the air.


Age 39, looking over the world,

Age 39, floating over the world,

Age 39,…mm-mm…floating along.

Closing song to what I would call her greatest album.


(via fuckyeahyokoono)
yajifun:

能面 神体 作者不明 江戸時代
“上杉家旧蔵”
能面 検索結果 - 東京国立博物館 画像検索

yajifun:

能面 神体 作者不明 江戸時代

“上杉家旧蔵”

能面 検索結果 - 東京国立博物館 画像検索


(via yajifun)
yajifun:

能面 小癋見 作者不明 17~18世紀
“上杉家旧蔵”

yajifun:

能面 小癋見 作者不明 17~18世紀

“上杉家旧蔵”


(via yajifun)